何度かここで掲示したこともある、俺の高祖父(曾曾じいさん)。
幕末に10代で、本格的な武家教育を受けていた最後の世代。
それも、ただの武家ではなく「目付」としての高等教育。
目付というと、武家時代の諜報員だの警察だのと、歪んだ印象が一部で定着しているが、
その本分は「監察」であり、不手際を犯した武士への切腹処分などがその代表例。
同業者に容赦なく引責自殺を強いたりする厳酷な職分なものだから、
並みの武家以上に儒学や武芸の厳しい修練に務め、俸禄もあえて切り詰める。
うちの先祖にも、城勤めの上士からあえて下士に自主降格したりとか、
高祖父が武者修行相手を木刀試合でとっちめたなどの逸話がある。
そんな家に生まれ育った高祖父が、明治以降には平民としての生活を余儀なくされた。
幕府から支払われた、今なら数千万円程度に相当する慰労金を、
あろうことか金貸しとしての元手に使い、あっという間に全額を霧消させた。
武家の中の武家、スーパーサムライとしての性分によっては、
困っているような相手ならどんなに信用できない相手にも低利でやすやすと
貸し捨てるような真似をせずにはいられなかったらしく、
周囲からも「到底今の世の中でやって行けるような人種ではない」と見咎められて、
山奥で神官と漢方医を兼任するような余生を細々と送ったという。
強権者にも引責自殺を強いるような者こそ、弱者には優しい。
ただ、そんな人間は本格的すぎれば、今の時代には到底生きていられない。
「強きを挫き弱きを祐く」ほど、「言うは易く行うは難し」なことも他にないといえる。
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